大判例

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札幌高等裁判所 昭和32年(ネ)326号 判決

主文

原判決中、本判決別紙第三(イ)記載の土地範囲に対応する部分を取り消し、この部分の訴を却下する。

この余の部分については、本件控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じて、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が昭和二三年一一月一五日発行北海道ぬ第四六、三六七の二号令書を以て別紙目録第二記載の土地についてなした買収処分の無効であることを確認する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた<中略>。

(補助参加人らの主張)

被控訴人補助参加人らは、それぞれ別紙第二のとおり、国から売渡を受け、あるいは売渡を受けた者から更に買い受けて、いずれも所有の意思を以て平穏公然善意無過失に当該土地を占有し来つたものであり、また前主の自主占有を承継したものであるから、国から売渡通知書が交付された昭和二四年四月上旬を以て、それぞれ現在所有の土地につき取得時効が完成したものである。よつて、本訴において、右時効を援用する。

(被控訴人の予備的申立とその理由)

本件買収処分がかりに無効であるとしても、本件の訴は却下すべきである。けだし、行政処分無効確認の訴は原告(本件では控訴人)が無効確認を求める法律上の利益を有する場合に限り許さるべきものであるが、本件において買収土地の売渡を受けた者らに取得時効が完成し、右の者らが補助参加人として本訴においてこれを援用した以上、その反射的効力として、控訴人は、買収処分の有効無効とは無関係に本件係争地の所有権を喪失したこととなり、従つて、たとえ本訴において勝訴したとしても既に所有権を保全しうべき地位にないのであるから、本訴を維持すべき法律上の利害を喪失したものといわなければならない。

よつて、予備的に訴却下を求める。

(右に対する控訴人の答弁および主張)

一、補助参加人ら主張の事実関係中、買収土地売渡しの点は認めるが、売渡通知および通知書交付の日時は争う。平穏公然善意無過失の占有をしたとの事実は否認する。

二、控訴人は、昭和三〇日年八月三一附で本件訴状を札幌地方裁判所へ郵送し、同年九月二日受理せられた。本件は買収無効確認の訴として控訴人の所有権の回復を求めるものであり、また被控訴人は、買収無効の場合、本件買収処分および売渡処分を取り消す権限があるので、本訴はかかる権限ある者への訴提起でもある。かかる場合、無効確認訴訟の提起は、提起の時において売渡しを受けた者についての取得時効を中断するとすべきである。

三、かりに時効が中断しないとしても、売渡しを受けた者は、本件土地が火薬庫の保安要地であつて買収が違法であり従つて売渡しも違法であることを知つて買い受けたものであるから、善意無過失で占有を開始したものではなく、従つて、取得時効の完成には二〇年を要するから、まだ時効は完成していない。

四、(訴却下の主張に対し)本件買収処分の無効が確定すれば、国は買収による所有権取得登記の嘱託の取消し、登記簿上の控訴人所有名義の回復等原状回復の措置をとる義務を生じるのであるから、訴の利益なしとの主張は理由がない。<下略>

理由

一、当審において被控訴人補助参加人らは、取得時効を援用した。被控訴人のこれに基く訴却下の申立は、単に予備的になされているに過ぎないが、訴の利益の有無は、職権を以て調査すべき点であつて、申立を待たないから、先ず、これについて検討する。

案ずるに、補助参加人のなしうる行為は、元来被参加人が訴訟においてなしうる行為に限られるものであるところ、本件における取得時効の援用は、時効によつて直接に権利を取得しまたは義務を免れる者である補助参加人らだけが援用権者なのであつて、本件被控訴人ないしは国がその援用権を有しないことは明らかであるから、本件における補助参加人らの取得時効の援用は訴訟行為としてはその効力を認める余地がないのではないかと疑われるのである。しかしながら、本件補助参加人らが現に土地を占有中の者として取得時効を援用することは可能であり、これによつて控訴人は――かりに、買収無効の結果土地所有権を保持していたとしても――確定的に所有権を喪失することとなる。そしてかかる所有権変動の結果は、訴訟当事者たる本件被控訴人においてその主張をなしうるから、被控訴人補助参加人としてもまたその主張をなしうる道理である。すなわち本件補助参加人らのなした時効の援用は、訴訟外における時効の援用とその結果生じた所有権の変動の結果を被参加人のため、訴訟上の攻撃防禦方法として主張しているものと解することができる。

そこで、進んで、訴の利益について考察するに、元来農地買収拠分無効確認訴訟は、無効な買収処分によつてもともと不変動である筈の原告の農地所有権が国に移行し、あるいは更に売渡処分によつて第三者に移転した外観を呈し、原告の右所有権享有に不安を生じている場合に、その買収分処の無効を明確にして右の不安を除去するために認められたものであるから、もし原告において右農地の所有権を喪失し、その所有権の享有に関する不安の除去が原告にとつて無意味となるならば、その訴の利益もまた消滅するものと解するほかはない。本件においては、前示のように、被控訴人補助参加人によりその時効取得による控訴人の所有権喪失が主張されているのであつて、もし、右時効取得の事実が認定されるならば、右の理由により、本件訴の利益はこれを否定すべきものである。(もつとも、この点については、被控訴人補助参加人らにとつて取得時効が完成するのは、論理上、その占有する土地が「他人の所有する」土地である場合、すなわち売渡処分およびその前提である買収処分が無効の場合なのであるから、補助参加人らの取得時効の主張の成否を見る以前、買収処分の無効を確定すべきであり、もし有効であれば、時効の成否従つて訴の利益の有無の判断に立ち入るべきでないとの考え方もあるが、当裁判所は、既に時効の援用がなされた以上は、買収処分の有効無効の判断以前に訴の利益の有無を考察しうるとの見解を採るものである。それが時効制度の本質に合致すると考えるからである)控訴人は、無効を確定することにより国に原状回復の処置をとる義務が生ずることを以て訴の利益を維持する事由と主張しているが、右のように既に原告の土地所有権が他人の取得時効完成によつて失われている場合、その原告にとつて、買収処分による所有権移転の登記が今更抹消されたとしても無意味であるから、右の原状回復の措置は、喪失された原告の所有権の実質的な回復をもたらすものでなければならないが、そのような義務が、無効確認判決の直接の効力として被告たる処分庁を拘束するに至るとは解することができないから、右主張は採用するに由ない。

二、よつて、取得時効の成否を見るに、<中略>結局、中断理由のない限り、前記交付の日時からおそくとも一〇年を経過した昭和三四年四月末日以後には、別紙第二の各所有者はそれぞれその土地について取得時効を援用しうるといわねばならない。

三、これにつき、控訴人は、本件訴訟の提起が中断理由となると主張している。しかしながら、訴訟の提起を知ることは、せいぜい占有を悪意ならしめるに止まるから、既に占有開始の際に善意であることにつき過失なしと見るべきこと前示のとおりである以上中断事由とはなりえないし、また、処分取消の権限ある者への訴提起という点も、売渡を受けた者が全然訴訟に関与していなかつた以上、単に処分庁に対して訴を提起したことが、売渡を受けた者およびその承継人について成立する取得時効に対する関係で、中断事由としての「裁判上請求」と同視しうるものとなるとはいえない。更に、控訴人は、二〇年の取得時効なるべきことを云々するが、それは占有の初めに善意無過失でなかつたことを前提とするものであるから、前示認定に反し、採用しえない。

四、結局中断事由は認められないから、前示の理路に従い、補助参加人らの取得時効は有効に成立しているわけであり、従つて、その時効援用により、その限りにおいて本件訴はその利益を喪失したものといわなければないない。しかし本件土地中補助参加人が現在所有占有している部分は、別紙第一ないし第三を対照して明らかなように、別紙第三(イ)の各土地のみであつて、そのほかに、別紙第一に明らかなように小泉福太郎から譲渡されて日本国有鉄道の所有に帰した別紙第三(ロ)の四筆の土地があり、これについては右のような時効援用はなされていないのであるから(日本国有鉄道についても時効は完成していると見られるから、その援用があつたとすれば、あえて補助参加せずとも被控訴人においてその事実を主張しうるが、本件においては、肝心の時効援用のなされた形跡がない。)。本件の訴はこの部分につきなお利益がある。よつて以下その請求の当否を判断することとする。

五、原判決理由第一項判示の争いない事実関係および認定にかかる基礎的事実関係については、当裁判所も全く同様に判断するので、これを引用する。

六、控訴人主張の無効原因の第一すなわち買収範囲不特定との点については、次に附加するほかは、原判決理由第二項の判示と同様であるから、これを引用する。当審提出にかかる証拠を以てしても、右の結論を左右する余地はない。

(買収計画の変更があつたとの主張につき)<略>

(買収処分無効通知を根拠とする主張につき)<略>

七、次ぎに、控訴人は、無効原因の第二として、火薬庫の保安用地に関する自創法不適用を主張している。そして、火薬類販売業者の火薬庫周辺土地所有の目的について、当審において新たに主張するところがある。

火薬類取締法以下一連の法規は、火薬類の製造販売貯蔵等につき厳重な制限規定を置いており、原審調査嘱託の結果によれば、本件農地買収当時には、その頃施行されていた旧銃砲火薬取締法施行規則第三三条が、火薬庫を設置する場合には、火薬庫の外壁から宅地その他内務大臣の指定する箇所まで最小限五十間以上の保安距離を置くべき旨を規定していたことが明らかである。しかしながら、同法条は、右の保安距離がなければ火薬庫の設置を許可しないというに止まり、火薬類販売業者に対し保安用地すなわち右保安距離限界内の土地の所有まで義務付けているわけではないし、また、右業者以外の者が右土地を使用することまで制限しているわけではないと解すべきであるのみならず、保安用地を農地として買収し、小作人に売り渡したからといつて、法定の保安距離が失われるものでもない。従つて、火薬庫の保安用地であるとの一事で、当然に自創法による農地買収の対象外となるとすることはできない。

もつとも、先に原判決を引用して認定したとおり、控訴人は、現実には、保安用地として本件土地を所有していたのであつた。右のように法規上所有を義務付けられていないのに、これを所有していた意義は、もし他人の所有地となれば地上建物の建築によつて後発的に保安距離が維持しえなくなることを予防するにあつたことは、見易い道理である。証拠を按ずるに、成立に争いない甲第五号証、同第一一号証、同第一二号証、同第一三号証の一ないし三、同第一四号証ならびに原審および当審(第一回)証人小田島次郎、当審証人手島龍雄、同舟木福治の証言によると、終戦後農地買収の実施されるにあたり、昭和二一年五月頃に、北海道内の火薬爆薬商組合の代表者と道農地課の農地買収担当官、道警察部保安課の火薬庫監督取締担当官とが集つて、火薬庫敷地、保安要地の買収について協議し、警察部と業者側は保安要地確保の方針を打ち出し、農地課としてもその趣旨を了解したが、各地の農地委員会に通達を出すには至らなかつたこと、しかし本件控訴人が室蘭市祝津および札幌市琴似にそれぞれ所有する火薬庫の周辺の保安要地については、一旦買収計画が樹立されたが、保安要地となることを理由としての控訴人の異議申立を容れ、各農地委員会において買収除外の決定がなされ、結局控訴会社の全国九ケ所の支店火薬庫中、その保安要地を耕地としていたため買収せられるに至つたのは本件土地のみであつたこと、道内の控訴会社以外の火薬業者の火薬庫の保安要地についても同様の買収除外の事例があつたこと、しかるに、本件土地は買収され売り渡され、しかも売渡を受けた者において前示(二節、別紙第二参照)のように転売し、更に地目も宅地に変更されて、府営道営のアパート、国鉄や専売公社の職員住宅が近隣に建築されたため、本件火薬庫は火薬類取締法施行規則第二三条の規定による一級火薬庫としての保安距離四四〇米を保持できぬ結果となつて、昭和三〇年九月二三日道知事から控訴会社に対し、火薬庫の早急の移転および移転完了時までの火薬貯蔵量の減少(二〇トンから三トンに)が指令されるに至り、これに対し、昭和三一年四月三〇日通産省軽工業局長から道知事に対し「火薬庫周辺における保安物件の建設について」と題する要望書が送られたが、事態の改善を見なかつたものであることが認められる。これは、先に触れたような、控訴人が特に本件土地を所有していた意識を完全に没却せしめる事実であつて、このことは、遡つて、本件のような火薬業者によつて所有せられている火薬庫保安要地を農地買収の対象地としたことが不当であつたことを示すものということができる。

けれども、前記のように、火薬類取締法規自体はその所有を義務付けているわけではないこと、右のような火薬庫の移転を必要とする事態を招くに至つたのは、直接には農地売渡処分後の農地使用目的変更許可の処分が、上来考察し来つた点において要求される自制を缼いたためであつたことを考えると、その前提となつた買収処分自体は、不当であつたとは言えても、違法であつたとは言えないと見るのを相当とする。従つて、控訴人が火薬庫移転に至つた場合、右の使用目的変更許可の処分の違法を主張して、よつて生じた損害の賠償を求めるのは格別、本件土地の買収処分を前記理由により違法無効とする控訴人の主張は、これを採用することができない。

八、控訴人は、更に、無効原因の第三として、農地として買収せられた土地中に採草地が含まれていたことを指摘している。そして、成立に争いない乙第三号証の一ないし五、原審および当審証人小泉福太郎、同小田島次郎、当審証人畑沢ナヲの各証言および当審における検証(第一回)の結果および当審における鑑定人月館正司の鑑定の結果を総合すると、買収当時に遡つての該当地番および範囲を明確に特定はし難いが、少なくとも買収土地の一部が自創法二条にいわゆる「採草の目的に供される土地」であつて農地ではなかつたことは、これを認めることができる。しかし、採草地を農地と誤認したことは、買収処分を取り消しうべき瑕疵たるに止まると解すべきものであつて、重大明白な瑕疵ではないから、本件買収処分は、右の理由を以て無効となるものではない。

九、以上を綜合し、別紙第三(イ)の各土地範囲に対応する部分については本件訴を却下し、同(ロ)の各土地範囲に対応する部分については本件請求を棄却すべきものである。よつて右(イ)の土地に対応する部分については、原判決を取り消し、訴を却下し、右(ロ)の土地に対応する部分については控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九六条、第八九条に従つて、主文のとおり判決する。(伊藤淳吉 和田邦康 倉田卓次)

<附表略>

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